灰色の箱

アニメ制作者が観たアニメ考察と制作の流れなどを書くつもり

「君の名は。」〜アニメーションの進化と現実〜

話題の映画、「君の名は。」を鑑賞してきました。

とりあえず観た後に誰かと共有がしたくて、色々と吐露したくて、ほぼ1年ぶりのブログ更新です。

 

君の名は。」は全てを1人でやってのける、過去には声優をも自分でこなしてきた新海誠監督の最新作です。

人気は留まる事を知らず、シン・ゴジラの興行収入を抜くペースだそうです。

自分が観てきた新海作品は、「彼女と彼女の猫」「ほしのこえ」「雲の向こう、約束の場所」「秒速5センチメートル」で「星を追うこども」、「言の葉の庭」は観ておりません。

 

その上での感想。(ネタバレあります。シン・ゴジラも少しだけあります。)

 

 

秒速5センチメートルの話」

 

はっきり言って僕、いや、俺は「秒速5センチメートル」が好きで新海さんが好きになりました。

秒速を観てると何がどうしてもどかしい。モヤモヤしますよね。

 

でも、あのモヤモヤが大好物なんです、多分。

 

人生でどれだけ上手く自分が立ち回っていると思って行動しても絶対に世の中上手くいかない。すれ違ってすれ違ってでもがむしゃらに生きるしかない。

それを突き付けられるのが「秒速5センチメートル」というアニメだと思うのです。リアル感、その場にいるような空気感が肌身に伝わってくる。

 

映像版はOne more time,One more chanceの歌詞もメロディーも歌声もこの作品の全てを凝縮して全力投球でぶつけて来ます。

 
歌にメッセージ性を込めて、アニメとして視聴者へ提供されます。

 

納得いかない部分。主に表に見えていない部分は、アフタヌーンで連載していたコミックス版「秒速5センチメートル」で補完されておりまして、それを含め、個人的に秒速はすごく好きな作品です。

 

 

秒速5センチメートル [Blu-ray]

秒速5センチメートル [Blu-ray]

 

 

 

君の名は。の話」

 

本題です。

ツイッターなどの評判を見る限り、悪い評価に当たらなくて、フォローしてる方もよかったという感想しかありませんでした。唯一引っかかった感想は、「秒速が好きな人はあまり好きではないかもしれない。君の名は。が好きな人は秒速があまり好きではない」という感想でした。

 

同じ新海作品で何故?と思いながら、鑑賞しましたが見終えた後に理解が深まりました。

 

君の名は。はモヤモヤしません。特にラストが全くモヤモヤしません。

ハッピーなんです、闇がないんです。

おそらくそれで大部分は間違いないはずなんです。

 

だって、ハッピーエンドであれば、モヤモヤしないはずなんです。

 

じゃあ、このモヤモヤはなんだろう。

 

俺が最初に思った感想は「それでいいのか、新海誠」です。

 

いや、何様だよ、と。全部の作品観てからモノを言え、と。

 

本当に個人的な同監督作品の見たい部分は、「遠距離恋愛を絡めたストーリー」「音楽」「背景」の3点です。

 

もちろん他にも盛り沢山なのですが、カッツアイ。

 

[遠距離恋愛を絡めたストーリー」

時空を超えての男女入替+究極の遠距離恋愛

 

遠距離恋愛がテーマな作品が多い同監督作品には、これでもかって程に実直なストーリー。

ただし、ボーイミーツガールであり、ガールミーツボーイでもある。

そう、W主人公なのです。

今までの作品だと主人公は明確に男だと思います。(彼女の猫は例外として)

女子側を描く=女子の共感を得る。

単純だけど、間違いない事実。

 

[音楽]

RADWIMPSが劇中内音楽も含め20曲以上を制作。

OPから始まり、EDに到るまで正にRADWIMPS

ちなみにRADについての予備知識は無いに等しいです。カラオケで友人が歌っている曲を聴いて、不思議なメロディーや歌詞を司るバンドなイメージ。

実のところ、中盤までストーリーに没入し過ぎて、曲とストーリーのシナジーを気にする余裕が無かったんです。

おそらくかなりのシナジーっぷりだったと予測するのですが、いかんせん曲数が多い。

映画であり、アニメであり、RADのPVなのです。

だからもう今一度、観賞してのシナジーと同時に曲単体で聴くのが正しい楽しみ方な気がします。

 

 

君の名は。(通常盤)

君の名は。(通常盤)

 

 

 

[背景]

背景またはアニメ用語でいうBG(バックグラウンド)。

 

これが新海作品の真骨頂だと思っております。

 

開幕。

 

ティアマト彗星の落ちるカットから始まりましたね。

あのBG。一体、何層のBook(※1)が重なっていたのでしょうか。

彗星から伸びるおそらくCG+撮影処理、彗星が雲を突き抜ける瞬間の雲はおそらく作画、あのオープニングカットだけでBGが彩りきっていたから、以降、度肝抜かれっぱなしでした。

 

2人が入れ替わるキースポットである例の場所。

現実感のある彗星落下場所、現実感のない御神体の表裏一体が正にテーマを表しているかのようでBGのみで説得力が顕在化していました。

ぐうの音も出ない美しさ。正に、美しい術。

 

 

何だこの映画好きなんじゃん。

好きですよ。好きなんですけど、何か違う、引っかかる気持ちはあるんです。

 

「大衆向け映画の話」

 

本当に言いたかったのは実はコレなんです。

これは細田守監督作品で最大のヒットとなった「バケモノの子」の初鑑賞時にもこの症状は生じたのです。

 

大衆向け映画への進化。

 

モヤモヤの正体はコレだと思ってます。

バケモノの子」を見た時も「君の名は。」を見た時も周りの客層がとにかく広いんです。

 

元々、細田監督も新海監督も各方面から評価されている方々なので当たり前といえば当たり前なのですが、アニメ映画としてのコンテンツではなく、大々的な宣伝に基づいた映画として売り出されているコンテンツなのです。

 

ジブリは宮崎監督が作品引退を宣言しました。

では、空いた大衆映画の穴は誰が埋めるのか。細田監督なのか、新海監督なのか。

はたまた、庵野監督なのか。

 

庵野監督は我が道を謳歌して評価されている気がするので、特殊例な気がします。

 

宮崎作品に沿っている訳ではないでしょうが、声優として有名俳優の抜擢は大衆映画としての一種の特徴だと思います。

また、前述した女性視点を増やしたのは女性ターゲット層への働きかけとも捉えることができます。

 

一部の評価に留まらず、多くの大衆の共感を得て、関心を集め、ダイレクトに提供するアニメーション制作に進化している。

 

さらに作品性においても、細田作品も新海作品も世の中の流れに合わせて、自らのエッセンスを盛り込みながら、独自の進化を遂げているように思えます。シン・ゴジラのように。

 

だからモヤモヤ部分は進化に対する

心の準備が出来ていないだけなんだと思うのです。

 

「深夜アニメの話」

 

宮崎監督作品よりもアニメ色が強い細田監督、新海監督作品なので、いわゆる深夜アニメへのプレッシャーは凄まじいといいますか。

アニメ自体へのハードルが相対的に高くなり、深夜アニメ制作陣の首を絞めてくるのはまた別の話。

例外もありますが、劇場作品だと作画が崩れていることの方が稀有。

有名監督の劇場作品が進化する一方、ニッチな深夜アニメの風当たりは強い。

視聴者の目は既に多くの良質作画アニメにより肥大化し、作画が少し崩れようものなら、「作画崩壊」、内容が伴っていなければ「糞アニメ」と言われる氷河期です。

 

視聴者には全く関係ない話ですが、深夜アニメの状況は、おそらく皆さんの想像を遥かに超えて過酷な状態です。心中お察し下さい。本当にスケジュールもお金も無いのです。

 

画面に出ている内容がその話数の全てです。

 

これはあらゆる理由によりますが、これはまたいつか話せる機会があればお話します。

 

では、俺達は何のためにアニメーションを作っているのか。

 

仕事だからなんです。当たり前と言われればそれまで。休みを犠牲にして、人や会社に合わせて日々のスケジュールを組み立て、最大限のパフォーマンスをしても評価されない作品を作ることに果たして意味があるのか。

 

約束された評価はありません。

2時間映画であればおよそ1200〜2000カット、30分アニメであればおよそ300〜400カット、どのカットにも数十人単位の人が関わり、納品するその日まで最高の状態を目指して時間を犠牲にしています。

 

報酬が相応かというと、委員会から降りる制作陣への予算から捻出されるクリエイターの方々への報酬は薄給で大部分が給料制である制作陣もキャリア+労働時間を天秤にかけてもサラリーマンより遥かに

少ないでしょう。

 

何が言いたいかというと、どんな評価も構わない、ただし、忘れないで欲しい。手に書いてもダメなら頰に書いてもいい。

 

スタッフロールに載っている1人1人が息を吹き込んでいる。魂を込めている。

 

大多数の人がアニメーションに興味を向けて、いつの日かこの環境を無視できない、一石を投じることが何よりの望みです。

 

 

 

 

※1 Book(ブック)

美術用語の一つでベースとなる背景の手前にある背景の事を指す。

さらに手前にあるBookをBook2、数が増える毎にBookのナンバリングが増える。

Bookはそれぞれレイヤー分けされており、動かすことが出来る。

空の背景で雲のみ動いているのは、それぞれのBookを1方向に引いているためである。

 

例・「君の名は。」の御神体がある場所。

湖が二つある場所が背景(BG)とすると、手前にある雲、主人公達が立っている地面はBookとなる。